豊かな自然の賜物と職人の技との結晶。作務衣創りに藍染の技あり。(3)

清流と職人の意気込みが彩りを磨いてゆく
“かせ糸”の漬け込み回数による微妙な色合いの調整、そして河などの豊かな清流を利用して行われる、みそぎにも似た入念な洗いなど・・・。
藍染めを行う過程は、もちろんすべてが職人による丹念で手間暇のかかる手仕事。
彼らの鍛え抜かれた感覚と技術が、藍という自然が生んだ原石を至宝の彩りへと高めてゆくのです。
そんな生きている色だからこそ、藍は、見る人や着る人を問わず、しんしんと心に滲みてゆきます。
時を越えて、数え切れないほど大勢の人々の間で、変わることのない普遍の彩りとして愛され続け、これからも私たちの暮らしと共に歩んでゆくことでしょう。

豊かな自然の賜物と職人の技との結晶。作務衣創りに藍染の技あり。(2)

自然が育んだ神秘の彩、藍の変身物語。
藍染の原料となる蓼藍はタデ科の一年草。降り注ぐ陽光、大地を濡らす慈雨、畑を渡り行く爽やかな風・・・大自然の中で育つ藍は、まさに天然の宝物。
現在のような染の技法は発祥は定かではありませんが、正倉院や法隆寺の御物の中に見事な藍染の布が残っており、3~4世紀に藍草(蓼藍)が渡来した際に、染の技法も一緒に伝わったのではないかと云われています。
染の過程に見せる藍の姿は神秘そのものです。蓼藍の葉を発酵させ固めた藍玉を、カメの中でさらに自然発酵させると茶緑の樹液が生まれます。
この液に綿を紡いで作った“かせ糸”を漬け込み引き上げると、空気に触れた途端、緑色の糸が鮮やかな藍色にドラマチックに変身するのです。その劇的な瞬間は“空気酸化”と呼ばれ、藍染めの魅力をさらに神秘的なものにしています。
藍の濃淡いを決めるのは漬け込み回数で10~15回。その色に応じて、かめのぞき、藍白(あいじろ)、浅葱(あさぎ)、藍、紺(こん)と呼ばれるのです。

豊かな自然の賜物と職人の技との結晶。作務衣創りに藍染の技あり。(1)

いにしえから愛され続ける素晴らしき染め手法
中国では紀元前1世紀の頃、すでに「礼記」という書物の中に藍という言葉が登場するほど歴史は古く、現在する最古の藍染を施した布はエジプトのピラミッドから発見された4~5千年前のものと云われています。
日本でも千年以上の歴史を持ち、かの「源氏物語絵巻」にも登場しており、「青はこれを藍に取りて、藍よりも青し」という、中国の筍子の流れを受けて生まれた“出藍の誉れ”ということをわざひとつとってみても、藍に対する人々の深い畏敬の念が感じられます。
世界に名を馳せる「ジャパンブルー」の彩り
また、藍染の布は虫が嫌う、殺菌の効能があるとして、江戸時代には広く庶民に広まるようになりました。藍は人の心までも染め上げてしまう、“時代を超えた彩”と云えましょう。
ちなみにヨーロッパでは、明治8年に政府の招きで来日した英国の科学者アトキンソンが「ジャパンブルー」と命名して以来この名で呼ばれており、アメリカでは安藤広重の東海道五十三次」に描かれた鮮やかな空や水の藍色から「広重ブルー」と名付けられ、現在では日本の代表的な色として世界に認められるまでとなっています。

三絲織作務衣とはおり(さんしおりさむえとはおり)

春がすみの内より、まぼろしの如くあらわれ出た、彩り三様。降り注ぐ細き糸の雨に輝きを映しながら…往く。
三絲織作務衣「茜(あかね)」
春はあけぼの…と表される光の色。うららかで、希望に満ち溢れた彩りはいかがでしょう。
三絲織作務衣「藤(ふじ)」
棚いっぱいに咲き誇る藤の花をイメージしました。遅き春を飾るにふさわしい幽艶さ、薄紫の彩りは溢れんばかりの気品をかもし出します。
三絲織作務衣「檸(れもん)」
菜の花を思うもよし、タンポポに心馳せるもよし…しかし、敢えて“檸”です。香りを放ち実となりて、酸っぱい想いも伝える奥深き味わいこそ、この作務衣にふさわしい。
もちろん、羽織もです。「三絲織作務衣」三点に合わせてご用意しました。いずれも作務衣同様に三素材による雨がすり。もう今さら…と思われるかもしれませんが、やはり羽織を合わせるだけで作務衣の品格がぐんと高まります。

綿、麻、絹の三絲織(さんしおり)(2)

繊細にして高感度な春の作務衣が誕生!
この生成りの反物に色を染めます。織りの表情と三素材の色付き具合の個性を出すため、敢えて後染めの手法をとりました。
色は三彩。植物染料<茜(あかね)>を使った赤系。茜に藍玉を混ぜた紫系、そして植物染料<刈安(かりやす)>による黄系の三色です。
いずれも、これぞ春!という感じの三彩。そのいずれにも、正藍の春雨が音もなく降り注いでいるのです。
三素材を織り込む大胆さ。さらに雨がすりの配置、加えて万葉染めによる春三彩の表現――こんなに繊細で味わい深い作務衣は後にも先にも類を見ません。まさに、官能をくすぐる高感度な作務衣と申し上げても過言ではないでしょう。
それもこれも、織りの石塚、染めの秋元という二人の職人の技術とセンスなくしては成し得なかった仕事なのです。

綿、麻、絹の三絲織(さんしおり)(1)

季節風の変り目、風が凪ぐときに降る細い糸の雨。音もなく降るこの暖かい雨は、草木の芽を伸ばし、花の蕾をふくらませてゆく――春の新作、そのイメージは<はるさめ>。
綿、麻、絹の糸で表情豊かに織られ、春らしい彩りに染められた作務衣の面を、正藍染の“雨がすり”がひそやかに降り注ぐ。匠の技が成し遂げた稀に見る高感度な作務衣の登場――こんな雨なら、濡れて行きたい。
三つの素材の個性が絶妙の味わいを…
まずタテ糸。綿と絹の糸を組み合わせ、そこに綿と麻をより合わせた交撚糸をミックス。ここまでの糸はすべて生成の糸です。
これに、先染めの藍染綿糸(雨がすり)を、織師石塚久雄の感覚で配した上で整経します。ヨコ糸はすべて麻――この複雑な糸構成で織り上げたのが写真です。
とにかく、太さも強さもまるで違う三つの素材による糸で織るのですから大変。途中で切れたり糸と糸が混ざりあったり…どの織職人も、この三絲織には手を出さないのも無理からぬこと。
それだけに、高度な技術と手間ひまかけた労力により織り上がった反物は絶妙。
綿のしなやかさに麻の風合、絹の光沢が混じりあい、その中を正藍染め雨がすりが走り抜けるという前代未聞の織物が誕生しました。

藍の初染式(3)

織りで出した“表情”に、春の色をのせる――春の新作は奥が深い!
さっそく、このお二人に春の新作について話をうかがってみることにします。面倒だなぁ…といいながら、お二人とも目が笑っています。
「昨年春の『卯月』は織りで色を創ったんだが、今回は織りで“表情”を創ろうと思ったんです」と石塚さん。この発送から新作づくりの苦労が始まったといいます。そして、思案の末に取り組んだのが三絲織…
「そう、やっと綿と麻と絹を全部使ってやろうと決意したんだよ」
話を聞いた秋元さんがぶっ飛んだといいます。
「絹と麻の組み合わせだってみんな敬遠するのに綿まで混ぜようってんだから、そりゃ驚くわな。まあ、史上初といってもいい試みだろうな。効率も悪いし、どんなことになるのか心配したよ、ホントに!」
素材に負けぬ職人芸、その上、雨まで降らす…
それでもやってのけるのが武州織物「石織」三代目石塚久雄のど根性。
「絶対に面白いものができると思った。それからは夢中。いろんな糸の組み合わせで織りまくったね。その結果、ヨコ糸は麻だけ。タテ糸に三素材を組み合わせることにしたんです」
と平然。綿糸と絹糸の組み合わせに、さらに味を出すための交撚糸(麻と綿をより合わせた糸)が加わります。さらに、さらに…。
「アート感覚で、先染めの藍染糸をまぶしていくんだ。ちょうど布地に雨が降っているようにね…」
と石塚さんの口調が熱くなってきます。ところで色はどうなるんですか?
「織りで表情を出すから、後染めがいい。織り上がった布地に色を付けるんだ。これがまた実にいい…」
秋元さんも、織り上がった布地を見て納得したという。染め職人が認めるだけの出来栄えだったといいます。
彩りは、植物染料に染めの堅牢度を高めるための科学染料による万葉百彩染め。茜(あかね)、刈安(かりやす)、藍玉などを使った萌えるような春の色三彩。
やっぱり春はこのコンビ、高感度作務衣の誕生です。
春の色をした三絲織の作務衣に藍染の雨が降る…いいですね。
「春雨じゃ濡れていこう…。ちょっと古いかな。でもね、こんな作務衣、後にも先にもまず手に入らないよ。それくらい珍しく画期的。お宅でなきゃこの作務衣は売れないな」
と秋元さんからのおほめの言葉。やっぱりこの名コンビ、やることが違います。
何だかワクワクしてしまう――今年の春の新作です。

藍の初染式(2)

春の新作作務衣は再び、あの名コンビに!
この初染式の場には、いつもなら飄々とした感じの染め師、秋元一二さんも神妙な顔で直立不動。また、創織作家の石塚久雄さんも駆けつけていました。大ヒットとなった万葉百彩の第一号「卯月」をものにした名コンビです。
この秋元さんと石塚さん、初染式を終えた足で近くの神社に出かけました。誘われてお供します。この神社は、愛染堂と言われ愛染明王を祀る神社で、愛染と藍染の名前の共通から武州の藍染職人たちが、何かにつけおまいりにくる神社となっているようです。
秋元さんと石塚さんのお二人、抱えてきた作務衣を神前に奉納。熱心にお祈りをしています。
「春の新作だよ。まず一作目は必ず愛染さんに奉納するんだ。こんな作品を作らせていただきましてありがとうございます…ってさ、天の恵みに感謝するんだよ。自然の植物や空気、水、太陽など、どれひとつ欠けても作務衣は作れないんだからさ。感謝する心が大切なんだわ」
と語る秋元さん。かたわらで石塚さんもウンウンと頷いています。
もう、お分かりのことでしょう。今年の新作は、再びこの“秋さん”と“石さん”の名コンビに託します。
「すっかり春男になっちゃったね。昨年に勝るとも劣らぬものを、しかも何か新しい味付けで…というのだから困っちゃうよな」
と石塚さん。そんなことを言いながら、すでに昨年夏から試作に取り掛かっているお二人、ホントは超マジメ人間なのです。
「石塚先生はだろ…?ワシャ知らんよ。だって名前は“春”じゃなく“秋”だもん…」と秋元さん。テレ隠しもここまでくれば職人芸です。

藍の初染式(1)

天からの恵みに感謝。今年もまた、心のかよう作務衣づくりに努めます――と頭を垂れ、春の新作を神前に奉納する職人の想いをのせ…風はいま、北から南へ。
一月七日、藍染めの里武州では恒例の<初染式>がとり行われました。
この一年、職人たちが皆健康でより良い作品が作れますように…と神様にお願いする儀式です。
形式的に思えますが、古き佳き伝統芸術を守り育ててゆく職人たちにとっては古くから慣行となっているこの儀式は大切なもの。神主さんを迎えた仕事場には緊張した雰囲気が満ちています。
決意も新たに、今年もまた心を込めて質の高い作品を作っていこう――と、職人たちの目が燃えています。
私ども『伝統芸術を着る会』のスタッフも同じ決意です。本年度も宜しくお願い申し上げます。

洗い刺子作務衣 藍矢倉(あらいさしこさむえ あいやぐら)

きっかけは、いなせな火消し半纏だった。火、風、汗、灰…あらゆる力が響く修羅場で、火消し半纏はそれらに負けずに粋に舞う。その力を作務衣に託した新作の特徴は…。
厚手の生地で丈夫で長持ち、着るほどに愛着が湧き上ります。
徹底的な洗いをかけてありますから、ご自宅で洗濯しても縮みません。
洗い作業により生地がこなれていますから、着心地も動きやすさも上々。
作務衣に仕立ててから洗うため、衿元の藍の濃淡など、かすれ具合が実にいい味わいを醸しだしています。
綿刺子に洗いをかけた生地の特性により、真夏以外なら、どのシーズンでも袖を通してお楽しみいただけます。